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母性本能と母性神話は違うもの
「女性は子供を育てるのだから、母性本能は備わっているべきだ。」と考えている男性はたくさんいるでしょう。
「母性本能とは母性神話であり、備わっているというのは間違いだ。」と考えている女性もたくさんいるでしょう。
誤解を与えるといけないので先に言うと、「母性本能(ぼせいほんのう)」と「母性神話(ぼせいしんわ)」は別物です。ところが、母性本能と母性神話は混同され、どちらも微妙に誤解をして認識されています。
母性本能とは、人間(動物)として備わっている機能のことを指していて、進化の証として存在するものです。母性神話とは、人間の倫理観から生まれた言葉で、一部都合の良い解釈をされているため正さなければいけない理論です。
「また難しい話?」
難しい話をするつもりはないんですが、このお話しはママの育児ストレスや世間の子育てのあり方・見られ方に関係するお話しなので、とても大切なことです。
育児ストレスに悩むママやママに育児を任せきりのパパに読んでもらい、真剣に考えてもらいたいことです。
今回は、「母性本能とは何ぞや?」というお話をしたいと思います。
母性本能と母性神話の違い
母性本能とは
母性本能とは、生物が子孫を残すために子供を産む母親が持っている繁殖行動や子孫存続に影響する機能、一定の行動様式のことです。
母性本能はさまざまな生物にも多く見られる機能ですが、母性本能による母親の子供に対する振る舞いや母子の関係性は生物全て一律ではなく、生物の種類によって行動が変わります。
また、仮に種類が同じ生物でも、母親の行動はそのときの生存危機や環境条件によって変化します。
母性神話とは
母性神話とは、出産した母親がいつでも子供を愛している感情、女性は例外なく育児に喜びを感じる感情を指します。
母性神話の考え方は、女性の仕事は家庭を守り、子供を産んで育てることにある「良妻賢母(りょうさいけんぼ)」という思想から来ているものだとされています。
「良き妻であり、賢い母である」という言葉からすると、良い言葉のように思うかもしれませんが、以下の「良妻賢母の心得」を読むと、がっつり男尊女卑の考え方が根底にあることがわかります。
さすがに、この良妻賢母の考え方をもとに母性神話が語られるのは間違っていることは誰でもわかりますね。
母性本能で説明できる行動
では、誤解されがちな母性本能による行動、つまり生物として備わっている機能や行動様式とはどのようなものでしょうか。
自己を犠牲にする
「自分を犠牲にして子供を助ける」ことが理性を伴った母親だと考えている人がいますが、これは一定の動物に見られる子孫存続のための母性本能です。
たとえば、繁殖数が少ない哺乳類は、自分より若い種族を残すために外敵から身を挺して守ったり、栄養源として子供に自分を食べさせることがあります。
かと思えば、人間に近い霊長類(ゴリラやチンパンジーなど)の中には、育児中の母親の体調や栄養状態に危険があり、種族の存続が危ぶまれるときは育児を放棄する動物もいます。
子供を犠牲にする
母親が子育てをするのは、種の繁栄のために生き残る子供の数を増やそうとするからです。
母親は子供の状態や環境が良い状態だと認識すれば、その状態や環境を守ろうとし、そうでなければ現在の子供や環境を犠牲にして、新しい繁殖活動を行う場合もあるそうです。
つまり、自分の身を犠牲にして子供を守ろうとする行動も、目の前の子育てを放棄して新しい子作りを始める行動も、種族の繁栄に効果的な方を選ぶことが母性本能の1つだということです。
父母の意識の違い
人間は母親の方が親としての自覚が強く、父親は親の自覚が弱いなどと非難されることがありますが、母親の自覚が強いのは他の動物でも同じです。
親の自覚は感情論ではありません。母親は自分が産んだ子は自分の子だと本能的・体験的に認識できますが、父親は出産を経験しないため自分の子供だと明確に認識できません。そのため、父親は子供に対する投資量(時間や手間など)が少なくなるそうです。
身体の変化
母親は、乳児の泣き声を聞くとおっぱいが張り、母乳が多く作られます。母乳が出る時期であれば、自分の子供の泣き声だけでなく、他人の子供の泣き声でも同じ反応が起こります。
この身体の変化は母性本能による反応で、「プロラクチン(Prolactin)」「オキシトシン(Oxytocin)」という2つの女性ホルモンが強く関連しています。
では次に、もう少し母性本能に関係する女性ホルモンについて見ていきます。
母性本能に関する女性ホルモン1.プロラクチン
刺激で母乳を生成する
母親は、出産後にプロラクチンが大量に分泌されることで乳腺が発育し、母乳が作られます。さらに、赤ちゃんが乳首を吸う刺激でもプロラクチンが分泌されるため、授乳を行うほど母乳の出が良くなります。
プロラクチンは、1日8回以上の刺激、とくに夜間の授乳をすると母乳の分泌を促進することがわかっています。
子宮の回復を促す
プロラクチンは、出産後に分泌されると子宮収縮を促します。そのため、母親が赤ちゃんに母乳を飲ませるほど、産後の母体の回復、子宮復古が早まります。そして早く子宮を回復させることで、次の妊娠・出産に備える身体を作ろうとします。
排卵を抑制する
また、プロラクチンには、出産後すぐに妊娠ができないように、排卵を抑制する効果もあります。
赤ちゃんが産まれると、育児で母親の心身に大きな負担がかかります。そのため、出産後に分泌されるプロラクチンが排卵を抑えることで新しい妊娠を防ぎ、目の前の赤ちゃんの育児に専念できるようにコントロールしていると考えられます。
敵対行動を引き起こす
プロラクチンには、赤ちゃんを慈しむ母性本能を誘引する効果の他に、赤ちゃん以外を排除しようとする敵対行動を引き起こす効果もあります。
この敵対行動は、他の生物よりも自分の子供を優先することに繋がります。そのため、母親にとって赤ちゃんの優先順位がもっとも高くなり、夫が二の次になるのは、プロラクチンの影響かもしれません。
母性本能に関する女性ホルモン2.オキシトシン
泣き声で母乳の出をよくする
オキシトシンも母乳の分泌を促進する効果を持つ女性ホルモンですが、こちらは赤ちゃんの泣き声を聞くことでより分泌され、乳首から母乳が分泌される助けになります。
血圧を下げ、ストレスを軽減する
オキシトシンは、別名「愛情ホルモン」とも呼ばれ、赤ちゃんが母親の乳首を吸う刺激で大量に分泌されます。
オキシトシンには、血圧を下げ、ストレスを軽減する効果や鎮痛効果、集中力を高める効果があります。つまり、母親は授乳をすると心が落ち着き、幸福感や安心感を感じることができます。
また、母親が赤ちゃんに多く触れると、赤ちゃんにもオキシトシンが分泌され、同じ効果を与えてくれます(赤ちゃんが信頼していれば、母親である必要はないそう)。
オキシトシンにはさまざまな効果があります。詳しくは、以下のTEDの動画も参考にしてください。
母性本能と子供への愛情は別物
ママと子供の愛情が神聖なものだと考えている人にとって、「母性本能は、人間(動物)に備わっている種族反映のための機能や行動様式に過ぎない」で片付けられることは嫌だと思います。
わたしも、「母性本能が単なる行動様式」という考えは好きではありません。ただ、全ての母親がいつでも自分の身を犠牲にし、全てを捧げて子供を愛し、他の何よりも子供を優先しなければいけない、という考え方も正しいとは思いません。
母性本能とは、あくまでも「母親とはかくあるべし」という作られた人間の感情、母性神話を抜きにした考え方です。
最近AI(人工知能)の進歩が話題になっていますが、将来的にAIで人間を作ることは不可能だと言われています。それは、AIでは感情を作ることが不可能だからだそうです(詳しくはわかりませんが)。
人間の感情は、生物全体の歴史的な背景、個人の歴史的背景、生活環境、人間関係、体調、未来展望などを踏まえたさまざまな経験と知識のうえで形成され、遺伝子にも引き継がれているものです。
さらに、人間は何かを判断する際に倫理観や思い入れなどがあったり、感情もあるため、決して種族の反映のためだけに最良な決断を下すとは限りません。
そのため、母親が子供に向ける愛情は、たとえ生物的な母性本能が働いても、最終的には個人の感情で取捨選択されているものだと思います。
もしかしたら、わたしたちが普段子供に対して抱く愛情は、非効率的な判断や感情を持っていなければ、存在しないのかもしれません。